コスモスの改修に際して、大きく変わったところはまだある。外観としては小さいブロックが二つ増えたこと。そしてその内部には、


 『ゆ』と書いたのれんが増えていた。


 コスモスの改修で目玉となったのは何もセキュリティ面やコスモスレーザーの改造だけではない。
 ある産業の振興を目的にして地上ですでに行われているキャンペーンの一環、その最終目的がこの改修にかかっていた。すなわち


 宇宙温泉っ!


 地上から湯を運び込み、地上と変わらぬ温泉を、地上では決して味わえぬ景色の中で楽しむ。それが宇宙温泉である。
そしてただ地上と同じ温泉を擬似重力下で再現する程度では生ぬるい!(温泉だけに)と考えられたもうひとつの温泉の形。
無重力でも温泉に入ってやろうではないかというチャレンジャー精神が生み出した世界初の無重力風呂。
 これらは合わせてこう名づけられた。






その1 秋桜之湯

・施設概要

 コスモスの多くのブロックは回転することによって擬似重力を発生させている。それを活用して地上と寸分たがわぬ温泉を再現したのが、この秋桜之湯である。
 その外見はほかのブロックに比べて大分寸詰まりである。これは温泉施設だけでひとつのブロックを構成している故にあまり大きなものは必要でなかったということと、外の風景もひとつの楽しみとするため、擬似重力が働く方向に対して直角になるように展望窓を設置した結果である。そのためピザが回っていると表現する人もいる。

 風呂はオーソドックスな温泉を模した男・女それぞれの湯と、ウォータースライダーなどを設置した温水プールの三区画に分けられる。
 そのため入り口は男湯女湯共通のものが一つと、そこから点対称の位置にプールのものがもう一つ設けられている。その直径が大きいことから移動にはトラベーターが設けられた他、飽きが来ないよう展望窓も設置され、入浴後の散歩にも使えるよう配慮されている。また、無重力区画との接合部やパンフレットには何分置きにもっとも入り口が近付くかということを記載することで、不便さを軽減するよう努力がなされている。

 外観ではもう2つ特徴的な部分がある。一つは、展望窓に当たる部分が宇宙側からは黒としか見えないこと。すさまじく強力なマジックミラーのような加工が施されているため、内部からは幾分か減衰はするものの光が見えるようになっている。これはプライバシー保護と太陽光や宇宙線からの保護を兼ねた措置であり、覗きも放射線もその内部の人間に届くことはない。また展望窓自体の強度も高く、コスモスの窓に使われているものの倍の厚さと耐久性を持っている。
 さらにこの展望窓は2重の構造になっている。1枚目の窓から二枚目の窓まで5mの距離が設けられ、その間には屈折率が変わらないように調整された液体が充たされ、同時に宇宙線や熱などを吸収するため安全な入浴が約束されている。万が一外部のものが割れたとしても二重構造のため避難する時間が十分に確保される、ということになっている。

 もう一点は、その温泉区画を囲うようなピザの耳、外輪である。この部分は浄水施設であり、限りある湯をできるだけ再利用するための工夫の一つとなっている。ただ浄水するといってもさすがに温泉そのものには使えないため、ほとんどが温水プールへと回されている。
 その構造は簡単に言えばただ巨大なろ過装置である。排水口から流れ出た湯を貯めるプールが第一層目にあり、そこであらかじめ大きなゴミが沈殿により取り除く。湯はここで十分な時間置かれた後、ポンプで次の層へ運ばれる。
 そこは急速ろ過のための層であり、何重にも重なった巨大なフィルターで形成されている。その最下部には貯水層があり、そこから更に次の消毒層へと運ばれる。ほとんどの汚れやゴミはこのフィルターで除去され、続く消毒でし尿による汚れなども完全に除去される。だが、巨大なフィルターを通るには多大な時間がかかるのは自明の理である。そのため、ここである工夫がなされている。フィルターの端から貯水漕までの間に、一部宇宙に繋がる開口部を設けたのだ。それは水が吸い出されるほど大きくはないが、フィルターを水がすばやく通り抜けるのに必要な減圧の効果は十分に持っていた。この工夫のため、それほど多くの湯を保存できなくても、十分にプールで使用することができるのである。



・風呂概要

 風呂は男湯と女湯で共通の構造になっており、ちょうと入り口を挟んで対称になるよう配置されている。
 木の香りが香る脱衣所を抜ければそこはもう地上と何も変わらない温泉である。まずは一般的な浴場が入ってきた人を出迎える。普通の浴場よりも大きく取られた湯船は窓に面しており、ゆっくりと浸かりながら宇宙の景色を楽しむことができる。
 大浴場から外周に沿って順にサウナと水風呂、ジャグジー、露天風風呂が並んでいる。もちろんそれぞれに体を洗うためにカランが設けられている他、全面に宇宙を一望できる展望窓が付いている。
 露天風風呂では人工雪を使った満天星国の気候を模した内装となっており、雪見をしながら宇宙を見、そして酒をたしなむというなんとも贅沢な体験をすることができる。
 温水プールは男湯と女湯を足してなお余りある面積を持つ。大きなウォータースライダーを中心にすえたそのプールはモリスパとほぼ同じデザインで、規模だけ小さくしたものであり、故に地上と変わらぬ楽しみがここでも味わえるようになっている。ただ、こちらには満天の星空が付属するが。

 これら風呂から出た後は売店でコーヒー牛乳やフルーツ牛乳が待っている。売店ではその他に手ぬぐいや露天風風呂で飲める酒も販売されており、風呂にかかわるニーズはすべて網羅したラインナップとなっている。
 入り口では満天星温泉内限定ではあるが浴衣の貸し出しも行われており、前述の温泉から温水プールまでの通路を散歩しがてら涼を取る姿も見受けられる。




 ここまでは宇宙にあるとはいえ一般的な風呂を再現しただけのものである。しかし、満天星温泉はその一歩先を行ったのは前述のとおりである。
 秋桜之湯のブロックと並ぶようにそびえる、少し細長いブロック。あえて回転させず、無重力のままにしているこれこそが改修の大目玉。
その名も無重力風呂、


 満天星之湯である。



その2 満天星之湯

・施設概要

 外観の特徴は前述の通り細長いということと、回転していないということ。そしてもう一つ、全面が秋桜の湯のように黒い展望窓で覆われていることである。全面といっても機械的な部分はもちろんある。そのため少し形は違うが、電球というとそのイメージが一番よくその形を表しているだろう。
 展望窓、電球のガラス部分の構造こそ秋桜之湯と同じものの、強度はより高く5cmのデブリがぶつかってもヒビ一つ入らないほどのものになっている。
 その機械的な部分は電球におけるソケット部に集約されており、ここに受付や更衣室、超音波シャワー室、湯のろ過施設なども備えられている。

・風呂概要

 満天星国温泉振興委員会による協議の末、無重力風呂は二種類作られることになった。一つは普通の風呂のように入る形式のもの。そしてもう一つが宇宙遊泳のような気分を味わえる遊泳風呂である。
 どちらにも共通しているのが入るのが湯ではなく、地上から輸送された温泉を加工したゼリー状のものであるということである。
 当初は湯そのものに身を埋めることも考えられたが、無重力下では水は体表面を信じられないほどの速さで登るし、またまったくと言っていいほど剥がれなくなる。
 そのため水以外で、しかし温泉に浸かっている気分になれるものとして幾つかの候補があげられ、最終的に落ち着いたのが現行案であった。



 このゼリーは湯にいくつかの添加物、もちろん天然物で飲み込んでも人体には無害となるような物質であるが、これを混ぜることによってゲル化したものである。これは比較的高温(50度程)でもゾル化しないよう調節されており、人の体を包み込んで温浴をするのに十分な熱を保持することも可能である。
 通常の形式の風呂は電球で言うフィラメントの部分にあり、そこに設けられた大浴槽に入ることで温浴を楽しむ形になっている。ここでは遊泳風呂のような体験はできないものの飲食も可能となっており、ゆっくりと宇宙酒を楽しむことができる。
 しかし浴槽ではこれを敷き詰めているものの、重力がないためどこかに浮いていってしまうことがないとも限らない。そのため擬似重力と言うほどではないが、排水口のような部分から少しずつ吸い込むことで浴槽に張り付く様に工夫されている。それで排出される分はすぐに上部から足されてゆくため、常に一定の量が保たれている。
 同じように無重力ゆえ体が浮き上がることもあるが、そこは専用の磁石のようなバンドが貸し出される。これは強く引っ張れば床面から取れるが、体が漂っている程度では外れないくらいの接着力はある。

 そしてもう一つの遊泳風呂であるが、これはそれ以外の空間すべてを使ったものになる。時計回りに流れる空気に乗って、シャボン玉のような球体に入って温浴を楽しみつつ、無重力空間での遊泳を楽しむのだ。
 ただ、これだけでは浴場はともかく遊泳風呂では他の球体とぶつかったときに混ざってしまうことがある。そのため、厚さ5cmほどのゲル状素材で球体を覆い、内部のゼリーを保護することにした。この素材は多少の伸縮性を持っており、硬くは無いため球体間に体が挟まるようなことになっても怪我の心配はない。これにより他の球体とぶつかった場合も混ざることがなくなり、安心して入浴することが可能となった。
 また、このようなゲルで覆われるため、万が一球体内部に潜ってしまうと頭を出すことができなくなってしまう。浴槽であっても無重力のため上下の感覚がなくなることも考えられる。そのため入浴する場合は首にシャンプーハットのようなものを首に装着することとで首より上がゼリー内部に落ち込まない様に防護することになった。この首輪は伸縮性があり、また首を締め付けないよう適度なゆとりを持たせており、窒息などの問題が起きないよう配慮されている。

 このような入浴方法のため、無重力風呂に入るには3つ条件がある。宇宙酔いをしないこと、事前に超音波シャワーで体表面の汚れを落としておくことと水着を着用することである。これらの条件を充たせない場合は入浴をお断りしている。
 超音波シャワーは文字通り超音波で体表面の微細な汚れを落とすものであり、水を一切使用せずに汚れを落とすことができるため最近はコスモスの一般施設でも使用できるようになってきている。
 内部の湯の洗浄だが、入浴する前に超音波シャワーで大方の汚れを落とすとはいえ汚れが無いとはいえない。そのため、前述のろ過施設で荒めにろ過を行った後、人体に無害なレベルでの消毒を行う。その際汚染レベルを測定し、規定以上になった場合は即座にゲルを解除し下水として送られるかコスモス内の洗浄に用いられる。

 忘れてはいけないのが万が一の備えである。まずは遊泳しているうちに外壁にぶつかることが考えられる。そのために内側の大浴槽との境界と展望窓の手前に6重にネットが設置されている。どれも細く見えづらいものではあるが、球体を捕獲して外壁にぶつからないようにするには十分な強度をもっており、また顔から接近しても皮膚が切れたりすることも無いよう十分に伸展するよう設計されている。
 展望窓側は直接宇宙につながっているため、安全対策がもう一つなされている。一番外側のネットには粘着性のある物質が用いられており、万が一窓が破損した場合にはそれが瞬時に展開することになっている。そして破損部分を塞ぎ、内部の人間の避難が終わるまで十分な時間を稼ぐことができるようになっている。
 このように万全の対策がなされている満天星之湯だが、それでも万一ということはありうる。そのため常に10m間隔で係員が浮遊しており、何かあった際にはすぐに駆けつけて対処するようになっている。



 このように画期的な機能を持つ満天星之湯。そして画期的なだけでなくオーソドックスに地上への憧憬をかきたてる秋桜之湯。
 この二つを携えて、満天星温泉は今日も宇宙の光に照らされている。



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