コスモス改修



          ”ヴァンアレン帯とヴァレンタインって似て……”
          ”そこまでよ!”



                                                宇宙を見上げながら  40900102

・宇宙線対策

 占拠状態より奪還され生まれ変わるべく改装を受ける間に、コスモスにはいくつかの新たな課題が課せられることになった。その一つが、新たな問題点として浮上してきた「宇宙病」への対策である。大気や地球磁場に守られた地表とは異なり、宇宙空間は強力な放射線が飛び交う世界である。このような放射線は宇宙線と呼ばれ、太陽系外の超新星から飛んでくる銀河宇宙線、太陽の爆発によって降り注ぐ太陽粒子、また地球のように磁場を持つ惑星周囲に特有の、磁場に捉えられて地球の周りに留まっている高エネルギー粒子である捕捉放射線など、性質の異なる幾つかの放射線がこれに該当する。宇宙病とは、この宇宙放射線によって生体の遺伝子が破壊されることによっておこる症状の総称である。
 このような放射線被害はこれまでも一応認識されており、コスモスにおいても水による遮蔽や、宇宙空間の長期滞在者に対する個人別累積被爆線量のモニタリングなどの健康管理が行われてきたが、改装に伴ってこのような対策の強化が求められ、遮蔽に使用した水など汚染物質の処分方法見直しや、次のような施設への新たな機能追加が行われることになった。

1.追加防護壁
 ミアキスの連結部を利用してコンクリートと鉛を厚く張り合わせた防護壁が設置された。これは宇宙線、特に中性子の減速もしくは遮断を狙ったものである。ミアキスの連結機構を利用したことで、劣化しやすいコンクリートの取り外し・交換が容易になっている。

2.磁場発生装置
 コスモスの外部に設置されたこれは、コスモス周辺にヴァンアレン帯に似た磁場を発生させ、電荷を帯びている陽子や重イオンの直進を妨げ、コスモスへの衝突を避けるもしくは磁場の中に取り込んでしまうことを狙ったものである。発生装置は多数存在し、後述の宇宙線観測の結果に合わせて適当な磁場を形成することが可能になっている。

3.観測の強化
 宇宙線観測用レーダーの高性能化と増設、それらの補助のため磁場発生装置の形成する磁場の外に観測装置を凧のように飛ばし、宇宙線の状況や太陽風の変化、太陽フレアの発生など周辺宇宙状況の観測強化が行われた。同時に得られた情報により適切な対応が出来るよう宇宙気象予想とコスモス内外及び地上への情報ネットワークも整備された。

4.その他
 温泉・エントランス部・レーダーなど、外壁を薄くする必要のある箇所に、太陽フレアの発生などによる宇宙線の増加に備え防護シャッターが設置された。また、温泉施設の建設にあわせて上水道のフィルターを増設し、汚染を減らす試みがなされた。
 それと同時に突発的な事故などに対応できるよう、放射能などを洗い流すことの出来るクリーンルームや、人体への汚染に対応し放射線による急性障害を防ぐ放射線防護剤を備えたメディカルルームを各所に増設することとなった。

・満天星国 太陽電池プラント拡大計画 ”満天陽プロジェクト”

 コスモスに要求されたもう一つの課題は、満天星国内の電力供給への貢献である。藩国内は言うに及ばず、帝國環状線の管理を担い、藩国から宇宙空間のコスモスへと伸びる長距離輸送システム・旋天線、そしてまたコスモスよりさらに遠い宇宙へと伸びてゆく銀河鉄道111と、充実した鉄道網を持つ満天星国では、その主たるエネルギー源である電力の安定供給が常に必要とされてきた。これに加え満天星国では新たな産業育成として、水素燃料電池車の普及が選ばれ、さらなる電力生産が要求されたのである。コスモスの基本エネルギーもまた、地表よりもさらに明るく眩しく時に過酷に宇宙空間を照らす、太陽光を利用した発電システムであった。この発電量を増加させ、藩国の必要電力を支えることが、新生コスモスに求められた。
これが通称”満天陽プロジェクト”、満天星国太陽電池プラント拡大計画だった。

 宇宙空間における太陽光は、大気によって弱められることも、気象条件よって左右されることも無い、極めて安定してしかも無尽蔵のエネルギー源である。とはいえこれを如何に効率的に利用するかにはやはり課題が存在した。この太陽光を電力に変換するためには、シリコンのサンドイッチのような形をした光電池が必要となるが、その発電効率にはあくまでも限界がある。宇宙空間における生活の命綱として、電力供給改善のための太陽電池パネルの研究はもちろんコスモスでも行われ、高い電池性能を持つセルの開発が進められていたが、地上で将来必要とされるであろう大規模な消費電力を得るためには、さらなる工夫が必要とされたのである。

 これに対する答えは、あくまでもシンプルなものであった。広大な宇宙空間を最大限に活用し、太陽電池パネルを大規模な面積に展開させることにより、発電量を増加させるのである。その代わりに、弱点となる放射線劣化という問題を克服するため、基本ユニットの形を出来るだけ小さく設計してこれを大量に連結させる方式を選択し、その性能やコスト、及び更新計画の経済バランスを経済専門家に検討させることにより、設備維持のロスを最小限に押さえ込んだ。さらにこのフレキシブルな全体形状を利用して、より発電効率の高い場所への移動や、太陽への角度調整、展開形状の制御へと応用し、発電量の増加に繋げていく。それは、数が力のアイドレスらしい解答のかたちだった。

 そしてその追い風となるように、藩国内の既存技術資源も利用されることになった。一見万能のように見える太陽光エネルギーではあるが、これをどうやって地表へと送り届けるのかという、根本的な難問もまた存在する。だが満天星国には、宇宙空間のコスモスから遥か地上へと伸びる旋天線が存在した。この長距離輸送システムに沿って送電を行い、またこの長大な距離の送電ロスを防ぐために、銀河鉄道にて採用されていた超伝導素材が無損失電送を目指して活用された。また、宇宙における夜である”食”の問題に対しては、占拠事件の置き土産とも言える大出力レーザー光の照射技術と太陽電池パネルの展開位置移動によって、出来る限り短い夜の眠りを目指して稼動管理が行われた。

 このようないくつもの技術の連携プレーによって、大きな問題に挑む姿勢は、さらなる未来の応用へと種を芽吹かせている。水素製造という貯蔵形態へ最も効率よく太陽光を利用するために、大出力レーザーによって光のまま地表へと届けられ、電力に変換されたエネルギーが、そのまま直接電気分解へと利用される未来が研究されている。危険性がないように弱められた近赤外線のレーザー光は、肉眼では見ることが出来ない。だが、海上のメガフロートや砂漠に展開された太陽光パネルへとレーザー光が照射される時、人々の目には丸く雲に穴を空けたその通り道が、眺められるのかもしれない。

・大出力レーザーシステム

 占拠事件中に急速に開発を進められ、一度は兵器として利用されてしまったコスモスの大出力レーザー装置だったが、本来この研究は外宇宙に出る宇宙艦船へのエネルギー照射を目的に進められていたものであった。予定外の補給の望めない宇宙空間において、如何に推進剤を節約し効率的なエネルギーシステムを構築するのかということは、常に大きな技術課題である。コスモスのレーザーはこのような艦船に対する照射を行い、太陽光発電パネルに受けて発電した大電力を、さらに推進剤加熱に利用するというエネルギー供給システムに利用されるべく開発されたものであった。コスモスの改装に従って、このような本来の研究目的に立ち返るレーザー装置の改装も行われた。

 しかし、大出力レーザー光発生のための発振用媒質の製造や増幅管理など、レーザー装置としての基本的な技術研究は図らずもその能力を実証することとなったが、本来の目的である艦船への照射という技術レベルを達成させるのには、またさらなる研究が必要であった。地表なら絶対の基準となる筈の大地さえ、常に軌道上を移動している宇宙空間においては、相手の正確な位置を把握することさえ容易なことではない。高いエネルギーを持つレーザー光を、超高速で移動する宇宙艦船に照射するということは、レーザーの精密な照射制御システムだけでなく、相手艦船の正確でリアルタイムな位置捕捉のための、軌道把握や通信技術といった管理のためのシステムが不可欠なのである。そしてまた、このような宇宙空間における軌道予測というシステムは、極めて地道な日々の観測情報の集積によって培われるものであった。コスモスの大出力レーザーシステムと、それを支える周辺の情報管理技術は、これからその財産となるべき、正確で丹念な観測を積み重ねていくことが求められている。