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現在の技術では空間移動技術というものを完全に解することはできていない。
その状態で対策をとるとなると、現在判明している僅かな情報に頼る、原始的な方法に頼るという二つの手段がある。
前者から言えば、少なくともテレポートというものはその出現地点に何も無い、大気くらいは問題ないだろうが少しでもデブリのようなゴミがあればその障害となり空間転移が出来ないことが宰相府からの情報でわかっている。ならば、障害物の散布能力を持たせればその散布された空間に関してはテレポートをすることが不可能となる。ただし、そんな広範囲に障害物を撒くことは実質的に不可能であるし、なにより艦船の侵入を防ぐほどのデブリ帯を作れば太陽光を防ぐことにもなりかねない。
一報の後者は、見つけたら叩くという単純かつ乱暴なものになる。光の速度は秒速30万kmである。よって30万km以内ならば観測に1秒、解析に1秒、射撃に1秒の最速で3秒で迎撃が可能なのだ。ただしそれが可能だとしても、少なくともテラの表面全部にレーザー砲を展開させることは不可能であるし、それほど多方向へ瞬間的に砲塔を向けることは困難極まりない。
テラ全土を防ぐことについてはそれ自体に機動力を持たせることで解決した。しかし空間移動への対策は万全とはいえない。
上記の二つの対策はどちらも単独ならば防ぐことが出来ない面がどうしても出てきてしまう。
ならば、組み合わせてしまえ。そんな身も蓋もない提案で身に蓋をできるようになったのはなんというか、NWならではの対策であった。
つまりは障害物を30万kmに展開し、そのうち艦船が通れそうな穴をレーザー砲で監視することで、文字通り穴を塞いたのであった。これで問題なく敵突撃艦への対策は可能である。更にそこに機雷を織り交ぜることで無理やり転移してきた敵にも有効打を与えつつ、転移できる空間を更に狭めている。
このようにしてフォート・オブ・ジャスティスは対空間移動技術能力を獲得するに至ったのであった。
 
その具体的な機序であるが、まずフォート・オブ・ジャスティスの外観は普段は巨大隕石の形を取っており、その状態でテラ周回軌道上を移動しているのが基本となる運行方法を取っている。その大きさ、フォート・オブ・ジャスティス本体のおよそ5倍以上。30万kmもの厚さの障害物帯を形成するにはそれほどの大きさが必要となるのである。
兎にも角にも、その状態で敵の進行予測地点へと移動すると、そこで表面を覆っている岩石をパージしてゆくのだ。
この岩石はただ剥がれていくわけではない。それでは回収が面倒だし、なにより時間がかかる。放置したままでは他の施設への影響も十分に起こりうる。
そこで、岩石をいくつかの巨大なブロックごとに区分けするという手法がとられた。それぞれに無人機とレーダーが設置し移動能力を持ったせ、フォート・オブ・ジャスティス本体から有線分離。さらにそこから有線で繋がった一回り小さなブロックが分離する。この小さなブロックには直径100μmの繊維で編みこまれたネットが搭載されており、それを散布することで広範囲に障害物を存在させることが可能になっている。
回収はその逆を行えばいいだけなので再利用が可能、かつ有線制御のためそのまま引き連れて移動することも可能だ。
核ブロックには数基おきに2機セットになったアトモスが設置され、レーダーでの観測補助及び機雷散布や補助砲撃による迎撃を担当し、より強固な防空網の形成に一役買っている。また、このアトモスは戦闘などによってブロックが破損した場合にその破片を
回収する役目も担っており、そのための装備としてデブリ回収用キットを特別に装備している。

迎撃は基本的には本体に設置された大容量レーザー砲を要としている。もちろん砲である以上角度的にどうしても対応が不可能な位置が出てくるが、そこには先述の通り機雷やネットを密に設置し進入を防ぎ、艦船クラスの敵は用意された迎撃用の穴にしか出現することが出来なくなっている。
しかし、I=Dクラスに小さいサイズであれば針の穴を通すようにそこを抜けてくることが出来ないわけではない。
そこで核ブロックに搭載されたアトモスの登場となる。穴へと進入してきた敵に打撃を加え、それ以上の進入を防ぐのだ。
決して完璧ではない防空網ではあるが、このように互いに短所を補い合うことによって限りなく完璧に近づけているのである。

迎撃は完璧でも、肝心の観測が出来なくてはその意味を成さない。
防空帯すべてに加え、その外部、敵が来ると予測される地点の観測も行わなければならない。
そのためにフォート・オブ・ジャスティス本体には大規模な観測施設が備えられている。5つあるブロックのうち中央の物に超長距離レーダー、光学観測装置などが備えられ、30万kmの防空帯すべてをその監視下においている。
さらにその補助として防空帯の各種にあるブロックがデータの収集を補助的に行うため、最大で50万kmまでの観測を行うことが可能となる。
基本的にその観測方法は防空帯外部などの超長距離では光学観測によるものがメインで、空間の歪み、星座の1秒前のデータとの比較などによる速度を重視したもので行われる。防空帯の中の近距離でも光学観測は行われており、事故や戦闘などで飛散した岩石のかけらの把握から敵艦の進入まで幅広く対応している。レーダーではどうしても光情報に比べて超長距離ではラグが発生するため、あくまで近距離の敵の対応やクロスチェックなどで補助的に用いられている。
しかしそれらを複合することでより精確な次の出現地点の予測が可能となっており、どれも欠かすことの出来ない重要な要素となっている。
これだけ大量のデータを処理するにはスーパーコンピューターによる単純なかつ膨大な演算解析と、天文学の博士号を収めた専門のオペレーター兼観測員による解析の二つの併用が欠かせない。
それだけにオペレーターの採用試験は厳しく、倍率は20倍以上。また採用が決定した後も3ヶ月に及ぶ厳しい訓練が課されている。その狭き門を潜り抜けたものだけがオペレーター席に座ることを許される。
完璧な防壁を持つ要塞が持つすべてを見透かす眼は、このようにして維持されているのである。



■ SS ■


『04より13。星図の観測データ受信願う』
『13より04。受信完了。誤差0.1%以下。異常なし』
『04より13。クロスチェック完了。異常なし』

宇宙に漂う岩石群の中に、二機のRBが廃棄されたかのようにその身をゆだねていた。
時折光るその目がそれがまだ廃棄されたものではないと示していたが、一見すればそれがまだ観測能力と攻撃能力を有しているとは判断することは難しかった。
そしてそれが、その後ろに青く輝くテラを守る、物言わぬ尖兵であることは、誰の目にも分かりはしなかった。


『04より13。M92星雲の円に0.3%の誤差あり』
『13より04。本部よりデータ入手。星雲の移動によるものと判明』
『04より13。了解』

ただただその2機の間にしか分からぬ言葉で、ただただ黒く広い宇宙を見続ける。
機械ゆえに感情はない。機械ゆえに疲れはない。機会ゆえに飽きはない。
機械ゆえに、文句の一つも存在しなかった。
楽しみもまた、存在はしなかった。

『04より13。α23 β32 γ95地域の名前の検索を求む』
『13より04。98%の可能性で小熊座』
『04より13。了解。感謝する』

だが心はなく、感情もない機械にも、星の美しさは理解できるのである。
そのコマンドはそのAIに入力されたただ一つの機械らしからぬプログラムであり、帝國の誇りでもあった。
誰にも讃えられることのない彼らへの、技術者が出来たただ一つの労いであった。
機械にも、美しさを理解させてやると言う、帝國の意地であった。
そしてそれは、彼らが存在する限り、テラを護り続ける限り、確かにそこに存在するのであった。

『04より13。T45地点への移動指示の受信』
『13より04。ネット回収作業を開始する』
『04より13。了解』

淡々と、ただ与えられた作業を続ける無人の兵士が、多くの人を護る。
讃えられることもなく罵られることもなく。
しかしてそこには、誇りだけが確かにあるのだと、誰もが信じていた。