ニューワールドを守る最後の砦となるべく建造されたフォートオブジャスティスであるが、その強固さは物理的な防御能力に限られたものではない。
情報化された機械の弱点であるハッキングに対しても入念な考慮がなされている。
まず、システムプログラムの構築に関しては宰相府と聯合関係にある越前藩国へ作成を依頼している。ただし、その詳細については重要機密として秘匿されており、実際にプログラミングに関わった越前藩国の極一部の者以外には窺い知ることは出来ない。システムのメンテナンスや定期的なアップデート、非常時のバックアップの作動を行えるのも彼らだけである。
さらに、アクセス可能なポイントには警備員によって常に監視される他、IDやパスワードによる本人認証システムによってアクセス手段にも厳密な制限をかけており、宰相府および越前藩国から認可を受けた人物のみが触れることが可能となっている。
また、認証システムにサーモグラフィを導入するなど、かつて猛威を奮ったクーリンガンへの対策もなされている。
このように、システム的な面と人的な面の両者について対策を立てることでフォートオブジャスティスの情報戦への耐性は守られているのである。



■ SS ■


「ええっと、この通路で宙港から来たんだから、こっちが居住区だな。」
「あ、この方向が司令室なのね。うーん、しばらくナビが手放せないかもー。」
「だから少しでも歩き回って覚えなくちゃって言ったじゃん。ふーん、この隔壁が降りたら、ぐるっと遠回りしないと司令セクションに進めなくなるんだ、ふむふむ。」

まだ真新しい基地施設の内部は、シンプルで画一的な住環境デザインで統一され、初めて訪れた者に対しては、少し素っ気ないように思われた。
小惑星の内側に隠された限られているスペースの中に、宇宙の砦として必要とされる何もかもを詰め込むためには、無駄を削ぎ落として機能性を最大限に追求した構造設計が行われたのも当然である。
それと同時に、意図的に特徴を省いて、迷路のようにどこも同じに見えるそのデザインは、万が一の侵入者達に対する、静かな拒絶をも現している。

「うん、たぶんこっちがサブコンだ。」
「ねー、もうそろそろ一度寮に戻って支度しないと、ミーティングに遅れるよ。」
「わ、ほんと、もうこんな時間なのか。じゃあちょっとだけ覗いて急いで戻ろう。」

とはいえ、そこで日常を過ごす者達は、迷子になってばかりもいられない。全体の構造図を見ると、各セクションはあるパターンを描くような、特徴を持った配置がなされていた。
さりげなく角張った螺旋を描くように設計されたメイン通路の一番奥に、それぞれの部署において最も重要な部屋が配置され、さらに日常の移動に支障が無いように、その間を近道としての通路が結んでいる。この特徴を把握して方向を判断し、マップと照らし合わせれば、比較的容易に現在地が分かるようになっているのだ。

「あ、ここがサブコンだね。よーし、たどり着いたぞ。」
「移動の最短ルートを、ちゃんと覚えないとー。」
「もう認証チップの登録ってされてるのかな。ドア開くと思う?」
「え、ちょっと待って、勝手に入ったら怒られるよ…。」
「あ、開いちゃった。」

この惑星防御艦隊基地「フォート オブ ジャスティス」には、初心級宇宙軍空母に搭載されたオペレート技術を継承したサブ・コントロールルームが配備されていた。
それは、かつて初心級空母を開発した旧ビギナーズ王国の技術力をさらに発展させたものであり、そしてまた、この基地の製作を担った、現在の満天星国ならではとも言える設計思想を持って開発されたものだった。即ち、偵察分野などで発揮される、東国人らしいきめ細かいセンサー観測技術と、これを戦域内に瞬時に伝達して共有する、北国人らしいコミュニケーション技術を融合させた最新鋭情報統合システムである。

これによって「フォート オブ ジャスティス」のサブコンは、既存技術の有りと有らゆる領域をカバーした大量の観測データをリアルタイムで戦術に組み込み、時々刻々と変化する戦況に対応するという高度な戦闘情報処理能力と戦力運用のサポート能力を誇る。
あらゆる物理的帯域に広げられたセンサー網によって集められる大量の情報を統合しながらも、これを戦場へと送り届けるその最後の一線を、オペレートという人間の対話によって支えるという、非常にアイドレスらしいシステムであると言えるかもしれない。

このオペレータ要員として、惑星基地に配属されたばかりの新人二人組は、ほんの少しの空き時間を利用して、新しい環境の探検に基地内を歩き回っていた。これから自分達の働く場所となるサブコンを、一目覗いてみたかったのである。手に入れたての認証チップを試しに解錠センサーにかざしてみて、その扉が開いてしまったことに驚き、二人は思わず顔を見合わせた。だが、続いてその扉から、制服姿の人物が現れたことに驚いて、今度こそかちかちに固まってしまう羽目になった。どうやら、彼女たちがドアを開けたという訳ではなかったらしい。手を取り合って硬直している二人の姿を見て、直ぐに事情を察したらしいその人物は、にこりと優しい笑みを見せた。

「あら、オペレータの新人さん?」
「あっ、は、はいっ。」
「今、システムの調整整備中なの。見るだけで良かったら、入って大丈夫よ。自分の仕事場はやっぱり気になるわよね。」
「はいっ、ありがとうございます!」
「それから入室許可は、部屋のセキュリティレベルとアラートによって段階的に変わるから、いつ、どの部屋でも認証チップだけでドアが開くと思ってると、締め出しを食らうわよ。」
「あっ、はい、すいませんっ。覚えておきますっ。」

ぴんと背筋の伸びた小気味の良い姿勢で身を翻すと、その人物はそのまま部屋の中へとって返し、二人の新人オペレータを部屋へと招き入れた。暗い色の髪をきれいにまとめ上げて、見るからに有能そうなその動きに合わせて、ふわりとさり気なく甘い花の香りが漂う。その出で立ちに見とれていた二人は、制服姿の人物に続いておずおずと室内へと足を踏み入れ、そして予想外の光景に一瞬きょとんとして、もう一度互いの顔を見合わせることとなった。ドアの向こうには、何もないように見える白い小さな空間があるだけだったのだ。

「…ええっと…。」
「中に入って。前室のドアを閉めないと、サブコンへは入れないの。」
「あっ、セキュリティ対策なんですか!」
「そう、認証チップでドアを開けた後、ここでもう一度本人の生体情報と認証チップの照合を行うのよ。」
「ずいぶん厳しいんですね。」
「この基地の重要施設のひとつだし、ここが落とされると、色んな意味で影響が大きいから。直接戦闘の経験が少ない要員がほとんどのセクションでもあるので、まず室内に侵入されないための構造になってるの。機械システムと人間との接点だけは、どんなハッキング対策をしても、地道なチェック体制で管理するしかないから、協力して頂戴ね。大丈夫、オペレートシステムの操作に慣れる頃には、このぐらいは半分寝てても出来るようになるわよ。」

明るい声でそう話しながら、鮮やかな手つきで彼女が認証確認の操作を進めると、微かな電子音を合図に奥の扉が開く。今度こそはとその室内を覗き込んだ二人は、思っていたよりもずっと広いサブコンの部屋の中の光景に、思わず感嘆の声をもらした。






照明の押さえられたやや薄暗い室内は、たくさんのモニターが放つ蛍火のような灯にほのかに照らし出され、合間を作業員らしい人影が、まばらに歩き回っている。その中央に美しく浮かび上がるのは、まるで青い水の星のように見える、情報統合表示のためのホログラム映像だった。

「すごい、すごい綺麗ですね…。」
「何言っているの、あなた達がこれの要になるんだから。」
「あ、あの、先輩もオペレータでいらっしゃるんですか?」
「残念ながら、ちょっと違うかしら。でも、オペレータのみんなとは一緒にお仕事をすることになるから、よろしくね。」
「はいっ、こちらこそよろしくお願いします!」
「ねぇ、もうほんとに時間が…。」
「ああっ、こんな時間だ。すいません、これからミーティングの準備をしないといけないので…。」
「あら、それは大変。引き留めてごめんなさいねー。もしも遅れて怒られたら、サブコンにいた変な人のおしゃべりに付き合わされてましたって、そう言えば大丈夫だから。でも急いでね。」
「はいっ、失礼します!」

大急ぎでぺこりと頭を下げた二人は、あたふたと部屋を出て、先程来た道を戻り始めた。一度こつを掴んでしまうと、迷路のように見えていたその通路も、少しは親しみやすく見えてしまうところが不思議なものである。
「だ、誰なのかな、あの人…。」